「バキバキーッ、バキッ」、この斜面のどこかで、何かが木を折っている音が響く。
山頂が近いのは分かっているのだが、何しろ熱くて熱くて疲労値も高いままなので、(もう下り始めよう下り始めよう…)と思いながら、諦め悪くジリジリ登っていた。あんまり熱いので(オレ今日なんのシャツを着て来たんだろう…)と思い、薄手のロンTの丈を見たら「ヒートテック」のタグが付いている!しまった!真夏にヒートテック!、熱過ぎるだろ…と悔いたが遅過ぎだ。
手前から向こうに落ちる斜面に出た時に、何かを感じてただ立ち止まった。風も吹き上がって来たので、涼むのにも役立った。
間もなく、その斜面のどこかから盛大な「バキバキーッ」と木が折れる音が響いて来た。約1分の後に「バキッ」と、また折れる音が聴こえた。人である可能性は絶対に無い。
僕は(猿が飛び移った木が折れたか…いや、単体もしくは群れの声や音は全く聴こえない、それに今日は少しも猿の気配が無い…猿じゃない。だとすると立ち枯れの木が折れ落ちた瞬間に出くわしたか、熊の枝折りのどちらかだ!)と判断した。
間もなく、今度は短い音でまた「バキ」と響いた。
熊だとしたら、音の大きさからして間違いなく前方100m以内の何処かにいるはずだ。自分は風下になるし、笹薮に獣道もあるので探しに行きたいが、眼下は夏の盛りの高い笹薮と茂る緑に覆われていて見通しが効かない。 音の近くまで行ってみたいが、胸以上まである笹薮の中で夏の熊(7月はまだ繁殖期の為、気が荒い場合がある)と対峙するのは危険過ぎる…と、地団駄を踏むように諦めて、斜めに伸びた木の幹に立ちながら、「バキッ」の斜面をじっくり見下ろしていた。木々の間の前方の空を見上げると、立派な翼長のミサゴ(オスプレイ、魚を好むカッコいい鷲鷹。バイクス近くの佐潟にも渡って来る。)の番が青空を羽ばたかず輪翔している。 名残惜しく音の方向を振り返り振り返り、また蒸し暑い山裾へと下り始めた。