Close 2 The Bear's Den.
先の水曜日……
登山道から外れ、笹薮漕ぎを始めてまだ800mも進んでいないのに、もう結構奥に来てしまった気がする。
GPSで改めて自位置を確認する。 登る前に予定していた部分だ。
ここは南西の斜面で、ブナやミズナラが豊かに生えている。必ずこの山塊の熊達が冬眠穴を設けるだろう、と推測して来た。
4月になり雪が溶け始めて眠りから起きた熊が、前年秋に落ちたドングリ類をすぐに探し易く、山岳地図で見ても等高線が開いている緩やかな斜面だ。熊の起き抜けには適していると考えた。
と言っても、笹薮の高さはアベレージで僕の腹から胸で、高い場所は顔に掛かる。どこにいても不思議は無い、警戒しつつ進む。
登山道を進む時に持つ2本の杖は1本投げた。左手で残りの1本はよく斜面に差し体を安定させ、右手で剣鉈を構え、いざという時に備えておく。
両足に笹の根元が絡み、歩き難さが疲れを増やす。
進んでいると薮の中にブナの倒木が横たわる。
瞬間的に(あの上に行けば視界も良くなり歩きやすいな)と思って、そちらに向かってしまう。
だが、ここで一気に警戒を上げる。絶対に呑気に倒木に近づいては行けない事を自分に命じる。
ゆっくり倒木に近づき、観察する。倒木の向こう側の陰、両側の死角、周囲…熊が身を低くし、息を潜めて待っている可能性が倒木にはあるのだ。
改めて倒木を杖でコンコンと叩き、獣がいないか待ってからようやく倒木に上がる。
倒木に立ち向こう側を見下ろすと、周囲一帯の笹薮が今まで進んで来た部分より浅く軽くなっており、薮の中へ幾本か獣道が出来ている。歩き易いであろう事が分かる。
(いよいよ熊エリアに入ったぞ)と、全身が最警戒モードになり殺気立つ。山中で殺気は本当に大切だ。殺気も出せず無警戒でいると、熊は躊躇せず襲う。
ゆっくり倒木を降り、一帯を注意深く観察する。
この倒木の他に朽ちかけの切り株がある。
どちらの根元にも、写真の「スポッ」と抜けたような低い穴がある。笹薮も木の根も無くさっぱりしており、成人男性がうつ伏せてくるまって余裕がある大きさだ。登山道からは双眼鏡でも隠れて絶対に見えない。何よりも、生き物のオーラが場所にある。
周囲を1周見渡して、何もいない事を確認してから厳戒でゆっくり穴に顔を近づけると、獣の生っぽい匂いがする。飛び出した笹の根はかじられて邪魔になっていない。倒木と朽ちた切り株を、上手く壁になるよう利用して、熊が寝床を作った。
匂いと雰囲気から推測しても、昨夜辺りまでここで夜を過ごしたはずだ。
そうしながら周辺で早朝夕暮は採食しながら今冬の冬眠穴を探したり作っているに違いない。
(羆撃ち師 久保氏なら、ここを見下ろせる樹にやぐらを掛け、ライフルを抱いて夜通し待ち伏せをしたよな…)と考えて、もう一度そんな樹を見つけてから、警戒モードで再び斜面を下りながら登山道まで進み、美しさと恐怖が共に在る森林から、出た。